ベトナムに住み着いたあの年からもう28年かと、その永くも速かった年月を噛みしめながら、
岸田会長の好物のおはぎを手に神戸岸田会本部の前に車を停めた。
「松田はん今日はどないしましたん?」
「突然すみません。頭、会長はいますか?」
「おやじは昨日から東京ですねん・・ワシで良かったら聞きますけんど?」
俺は清水若頭に岸田会の傘下である難波極東会への挨拶をとの諸々を事細かく説明した。
頭は、難波では合気道に限らず、空手やテコンドーなどの道場を広く仕切り、人材発掘をしながら、
地下格闘などの興行で大きなシノギを生んでいると言い、
「気悪うせんとったて下さいよぉー・・あれらも必至なんですわぁ今・・」
「心得てるつもりです。会費が要るなら会費をと考えてます」
「あかんあかん!ワシがナンバに電話跳ばすんは簡単でっけど・・
あんたのとこの話しやサカぃ、ワシが捌く訳に行かへん、おやじが帰るんを待っておくんなはれぇ。
まあ今日はこの本部が挨拶を受けたって事でぇ」
「はい。ではお預けいたします。くれぐれも荒立てる事無く穏便にお願いいたします」
帰りの車に早速、会長からの電話が入り、
「竜ちゃぁん、もう話は付けたサカイな。今日は優ちゃんの命日は判っとったけど
線香もあげれんでスマンやでぇ。来週帰るし、久しぶりに松廼家ででも飯喰おうやぁー」
「ありがとう御座います。ご面倒をお掛けしました。忙しい折にわざわざ時間を取らせるのは、
親父は好みませんのでお気遣いなく」
日が暮れて道場兼事務所に着くといつもの様にカオル(馨)の号令が外に響いていた。
デスクに腰かけると、これもいつもの様にランが順子のお紅茶を淹れてくれる。しばらくして、
「どないやったんやぁ?岸田はんとこ行って来たんやろぉ?」
「ああ。行ったけど留守だったよ。でも筋は通してきたさ」
「ほうかぁ。まあ、あの人らもシンドいんやろなぁーこのご時世ぇ」
「あぁ。立ち位置を変えねえとな。あぁそだ、来週会長が飯行こうってさ。一緒に行く?」
「ええわぁー遠慮しとくわぁー。任せたでぇー ハハハハハあ」
<だろな・・まっひとりでいいか>
4年ほど前に北野に移ったその料亭は独特の趣きがあり、
昔から訪れる著名人の写真がその歴史を知らす。
「東京はどうでしたか?」
「な。最近は何かあったら東京東京やぁ。もうワシらじゃ国家権力に太刀打ちでけへんわぁー
ハッハッハハー。そろそろ引退やでぇワシらも。もうこの家業はあかん」
「いえ。まだまだ会長の様な方々が必要ですよ」
「要らん要らん。もうこの世の中はワシらに代わる仕組みっちゅモンが出来てもとるわ。
必要悪なんか言われとった時代が懐かしいだけやぁ」
「世間はまったく解っちゃいないですからね。甲斐が無いでしょうが・・
まだまだ頑張ってくださいよ・・」
「そや。ホンマ甲斐無いで。竜ちゃんらは知っとるけど、ワシらは負けたんや。アメリカの陰謀になぁ」
「当代の事ですか?」
「まあみなまで(全部)言わせなやぁ。ワシらは組割る訳にいかへんのや」
「解りますが・・このままだと悪さする若い連中が行き場無くしてドンドン地下に潜りますよ・・」
「ええがなぁ。それを望んどるんやろ世間は・・」
「そんなスネたこと言わないで踏ん張ってくださいよー・・」
「もうお前、そんな世間の事みたいなモン、どうでもええやん。強いモンに物ゆわん貧しいモンは、
為す術のうて、泣いたらええねん。ほなチッとはワシらを想い出すやろしなぁ」
「そんなぁ・・他人事みたいに言わんでくださいよ・・
だいたい会長ら極道も弱いモン虐めが過ぎたんじゃないですかぁー・・」
「そんなことあらへん!うちはちゃうでぇー。
弱きを助け、強きをなんとかやー ハッハッハハー」
「まあ確かに・・うちのオヤジが好きな会長んとこですから・・」
「竜ちゃん、今居る連中には道筋をつくってやりたいんや。
人様の間に立って捌きする時代やあらへん。そんなもんじゃ飯を喰うて行かれへん
。同和地区じゃーいうってゴジャ(無理くり)な営業して建設現場に入る時代も終わったしな。
んでな。竜ちゃんに相談やねんけどな。何かの縁やー思て、難波の連中のシノギを
竜ちゃんに任せられへんやろか?ビジネスっちゅモンをおせ(教え)たって欲しんや」
<だから・・仕事の話しをしようかと・・笑い>
「フフゥン。まさか会長からそんなお話が出るとは考えて無かったですよ。フフッ」
「ホンマ笑い話かもしれんなぁハッハッハハー。そやけんど真剣に頼んどるんやでぇ」
「いえ。すみません。笑っちゃいないんです。実はね。
うちの道場なんかに来て凄んでないで、仕事でも一緒にしませんかって」
「ホンマかいなぁー。あのアホらぁ断りよったんかいなぁ?」
「いえ。そう言い掛けたんですがね。自分らの言いたい事だけ言って、
人の言う事に聞く耳無しってやつですよ」
「あっちゃ~・・スマンやでぇ・・あれらの悪いとこやぁ・・」
「いえ。大丈夫です。それにしてもあの人たちでできますかね?俺の仕事」
「ああ、それはなぁショバ代上げる常套手段やねんてぇ・・
相手の言う事聞いとったら銭にならへんしなぁ・・
あれらなりに作戦立てて役割分担して行きよんねん。
ほんで?何をさせよう思うとん?」
「組合です。外国人労働者の受け入れ機関です」
「できるでぇ!組合いうたらワシらの得意な分野やぁー。
あれらもアホちゃうねんてぇ竜ちゃん!京大出た奴も居るねんでぇー」
「ほう。京大ですか・・」
「そや。会長の川崎も人脈だけはあってな、韓国の要人なんかと深いんやぁ。
竜ちゃんとこに行った佐久間は本部長や。あれもイケイケで根性だけはよそに負けへんでぇ」
「そうですか。面白そうですね。わかりました。俺も真剣に考えてみますよ」
「そうか!ほな早速、明日にでも川崎呼ぶわ!」
<あした・・苦笑い>
「すみません。明日は・・」
「ああ!そうかぁ・・スマンやでぇ・・ほなまた来週にでも川崎に連絡させるわぁ・・」
年に一度行くか行けないかの松廼家を後にして御影に戻った。
家に帰れる日の朝はその日の誓いを。夜はその日の報告と反省の時間を仏壇の前で過ごす。
「オヤジ、岸田会長は相変わらずですよ。オヤジが言う様に極道が向いていない人ですね」
こんな報告の時は返事を期待することも無いが、どうしてもオヤジの意見が聞きたい時には、
墓の前で寝たこともあった。そして、
「明日は行けねえけど、オヤジの墓に集合な。順子・・」
オヤジの後を追う様にちょうど七日後に逝った順子には、墓を建てなかった。
生前からの本人の切望でニューカレドニア沖に散骨した。
その海にはできるだけ行く様にはしていたが今年は行けない。
ふと窓の外を見ると三月なのに小雪が舞っていた。
うるう年の計算が面倒に感じる時もあったがオヤジと順子の命日を数えた翌週には、
年に2回のハップキドー昇段試験を設けている。
「カオル、黒帯って何人受けんの?」
「お?しらん。ラーン・・あええわ。 はーいみなさーん、今日、初段のひとぉー?手ぇあげてぇー」
<たく・・これだ・・>
ブラジルに帰ったルーカスクワンジャニムに金が落ちるようにと考えたこの昇級昇段制度だが、
1級の紫帯から初段の黒帯の時が一番費用を頂戴するもので、1万5千円を預かり
、帯代を引いて約1万円がクワンジャニムに入る仕組みだ。
クワンジャニムもそれなりの認定書を本国ブラジルから直筆のサイン入りで送ってくるし、
オンラインで異国の地から師匠が見詰めるのこの昇段試験はウケが良く、
受験者やらその家族やらの多くの人が集まるのだ。
2万人の生徒がいるブラジルやフランスにUKでも、俺の創ったこの仕組みを使うクワンジャニムは、
念願の牧場を手にしていて、日本時間夕刻の特設モニターの向こうでは、
夜明けの朝焼けに照らされたその大きな大きな牧場が映し出され、真っ黒の道着に金色のスポンサーエンブレムが光るルーカス師匠の挨拶が始まった。
「ええみなさん、今日は普段の徳山館長との練習の成果を見せてもらいます。
緊張しないで、いつもの姿をみせてください」
らしくない・・共通弁の日本語で話す・・
「はーい!」
と、低学生の部の子たちが大きな声で手を挙げた。
と、突然その後ろの方から、
「おーい!ルーカスぅー!」
スーツ姿のうちでは見かけないおっさんが、整列した道場生たちの前へ出て来た。
「おう!カワサキはーん!」
と、モニターの向こうからクワンジャニムが手を振っている。
よく見ると、後ろ列には連中の頭だった筈の人が見えた。
<あ!佐久間だ!たしか本部長!?>
カオルが暴れ出すんじゃないかと心配だったし、場のムードもとっさに気遣った俺、
「川崎会長ですね?お越しならお声掛けいただけたらよかったですのに。松田です」
「ああ!あんたが竜司さんかー!すんまへんなあ。ちょっと寄らせてもろたら
賑やかやったもんで。ほんならルーカスが映っとるしー・・つい興奮してまいましたわ」
「ルーカス師匠とお知り合いだったんですね!?」
「知り合いも何も、ワシの命の恩人ですねん」
「そうですか。詳しくお伺いしたいのですが、まあ今はちょっと・・
よかったらこちらへお掛けください」
「ああ・・これは失礼しました。みなさんホンマにすんませんねぇ。どうぞ続けてくださいやー」
心配したカオルの行動だったが、列の先頭で正座のまま静かなまま目をつむっていた。
突然のおっさんの乱入にも、通常通りの昇級スケジュールが進んだ。


