第1話 訓示

novel

年に1度、見るか見ないかの雪が舞い、キーンと空気が静寂な日曜日。

薄っすらと窓を濡らす優しい雪の向こうで、ベントレーコンチネンタルの音が目覚ましには充分すぎる重低音を響かせる。

 

「うぅ~ふっ・・もう来よったんかぁ・・」

 

渋る目を擦る間もなくiPhoneのバイブもベットに響く。着信音から流れる So wake me up when it’s all over・・そう すべてが終わったら起こしてくれ)・・

 

「ハハハぁ そういう起こしてぇ と意味ちゃうしな・・」

 

寝起き早々、大笑いをしながら俺の電話に出た。

 

「何時まで寝てんだよ 行くぞ」

 

未だadidasジャージのカオル(馨)だったが、それからは早かった。

 

「ほぉーぃ、おマンたせいたすますた~」

 

と、寝ぐせ髪をワックスで騙して出て来た。

 

「なぁカオル、なんで紫のなんだよ? 黒にしろよ黒に・・」

 

<仏前=それという俺の常識>

 

「なんでぇ言うてお前、紫は松田カラーやん。もう昨日の晩から用意しとったんや。松田さんも気に入ってくれるやろて」

 

真紫のコートにタイ姿で小雪の中の閑静な朝の住宅街には迷惑が過ぎるカオルの声。

 

「・・いいよ。じゃ 早く乗れよー」

 

六甲山の緑を抱えて神戸の港町の先に海が見える長峰に松田の墓がある。

2024年2月25日、松田の4回目の命日であり、2月25日という二人には忘れられない日なのだ。

ウィスキーが好きだった松田へと、響の30年物で3人は乾杯をし、残りをジャブジャブと松田の頭に流しながら二人は松田へ近況の報告を。

 

「松田はんよ、いつでも会いに行く覚悟でしてんけど、またやりたいことできましたわ。それに、

そんなに早ように会いに行く様なヤバい事も無くなりましたしねぇ。

まあ寂しがらんと、気長に待っといてくださいよー。  あ そや。このネクタイどないです?

よう似合うとるでしょ?」

 

「馬ぁ鹿ぁ・・ 似合う似合わないじゃねぇんだよ!非常識って言ってんの」

 

「ほらね。まあこのクソ竜司は相変わらず一っつも褒めてくれませんけんどね。ハハハハハぁぁ」

 

「ハハハじゃねぇよ・・

松田さん、澳門マカオとサイゴンはコロナの関係でインスリンに若干の問題がありましたが解決済みです。あとは何も問題なく進んでいます。KLクアラルンプールのパーム油も魚油も順調ですし、タイの肥料もバンコクのコンドミニアムも再開し・・」

 

とまだまだ続けようとした時、カオルの

So wake me up when it’s all over When I’m wiser and I’m older・・・・

 

「おっ 道場やん。 ほぉーぃなんですかぁー? 誰やそれ? まあええわ。すぐ行くわ。」

 

と、相変わらない大声が墓地の谷間にこだまする。

 

「松田はん、すんません。ちょっと戻りますわー。またジキすぐに来ますんで」

 

「おいおい・・何事よ? 今日は大事な・・」

 

「まあ また来たらええやん。道場にメンドクサイ連中が来とるらしいんや。帰るで!」

 

<・・これだよ・・松田さん・・>

 

二人は深々と松田に頭を下げ丘を下る。

 

俺らは、完璧なボランタリズムで、チャイナ・ベトナム・インドネシアなどからの留学生や研修生、就労者のサポートをしている。その一環で、外国人と地域とのコミュニティの場としてここ神戸と横浜に道場を提供しているのだ。

 

道場の前には黒塗りのアルファードが2台止まっていた。

見るからにヤクザな連中が押し寄せていた。合気道極東会と名乗る連中だ。

 

「ん? なんや? あんた達らがここの責任者かぁ?」

 

何某かの武道はやっているのだろう?両耳が餃子な色黒の男が凄む。

 

「はい。私はこういう者です」

 

幾通りかの名刺があるが、凡そをひとまとめにした1枚を渡した。

 

「なんや沢山ようさん 書いてあるなあ。ほう。ここの理事長さんやないかいな。んで? そっちの方はあ?」

 

「はあ?  俺かあ?」

 

と、大きな声のカオルの肩を抑えながら、

 

「はい。徳山といいます。この道場の館長です」

 

「ほお。どうりで ええ体格ガタイしとるはずやなあ。まあとにかく、二人が責任者やー言うこっちゃ。ほな簡単に言わせてもらうわ」

 

と、どうみても武道を心掛けている様には感じられない連中が続ける。

 

「いやなあ、Hapkidoハップキドーなんて看板をあげて何をやっとんかと来てみたら、やっていることは合気道やないかぃな。ほないにそんなに神戸で合気道がやりたかったら極東会に所属してもらわな困るがな。猿真似はあかんでぇー」

 

と近所に届く大声。

 

「はあぁ? うちはハップキドーをここでやっとんのや。合気道とちゃうわい」

 

と隣町まで響くカオルの普段の声で、さすがの連中も怯んだ様に見えた。

 

<こりゃ近所迷惑だわ・・苦笑い>

 

「立ち話もないでしょうから、中でお茶でも如何でしょうか。さあさあこちらへどうぞ。

カオル車お願いね」

 

「・・ほぃほぃ。邪魔者は退散しまふぅわ・・」

 

薄笑いのカオル。

 

中央に、日の丸とブラジル国旗アウリヴェルジが掲げられた畳敷きの道場を横に、パソコンとモニターがズラリと並ぶステンレスチックなオフィスを進むと、倒福(福の字を逆さに貼る)の赤地に金の文字が入口に飾られ、中国茶のちゃぶ台がセットされた円卓を中央にした紅と金色が、中庭から差し込む日差しに輝く応接間に案内した。

 

「ま どうぞ」

 

腰まで沈む深紅のソファーに腰かける連中が一言も声を出さない。さっきまで凄んでいた餃子耳の男も、少し背筋が伸びたようだ。

 

なにやら場違い感を目で合図しながら、連中は沈黙のまま。

 

<人間 ダメになりそうでしょう そのソファー 笑>

 

そこに、ハーフアップされた髪が、そのスラっと高い長身を更に目を引くランが、今日は真っ白のアオヤイ姿で現れる。

 

「こんにちは。お紅茶です。レモンも合いますが、私はそのままストレートが好きです。ごゆっくりしてください」

 

「なんや? ねぇちゃんベトナム人かぁ?」

 

ようやく連中の一人が口を開く。

 

「それ、どない言うんやったかいなあ・・アオザイいうやっちゃなぁ。そやそや。竜宮城の乙姫みたいやなぁ、べっピンさんやでぇ」

 

「ありがとうございます。はい、私はベトナム人です。ホーチミン出身です。アオザイは私たち南で、アオヤイと発音しますよ。ごゆっくりどうぞ」

 

「おっ もう行くんかぃ!?」

 

ランの登場で連中の顔が緩んだのを見て俺が切り出す、

 

「それで? 今日はどのようなご用件でしょうか?」

 

「お? あんた東京人かあ? 東京弁が偉いんとちゃうど。なにやっチャって言っチャってくれとんねん。そやからなあ、ここらで開くん(道場)やったら、あいさつ くらいあってもええんちゃうかあ 言うとんねんや」

 

「? あ・い・さ・つ とは? どのようにするものなのでしょうか?」

 

パターンに付き合ってみた。

 

「めんどくさい奴っちゃのぅ。筋を通せ いうとんのやー」

 

「・・筋? とは なんでしょうか?」

 

とまで、付き合ってみたが面倒くさくなってきたので、

 

「私たちは日本で学ぶ留学生や日本で働く研修実習生の外国人が、健全にここ日本で目的を果たせるようにとサポートをするボランティアです。このハップキドーの道場もその一環なのですが」

 

「ほう。この道場がボランティアで、誰ぁれからも金 取ってへん言うぅんかぁ あ~?こんな所でこんな立派な道場構えて、ええ車乗ってぇ ええ格好しやがって ようようぅ儲けとるんやろぉー! とにかく今日から合気道極東会に看板変えろや!」

 

「いえ、それはできません。この道場はブラジルハップキドー協会から正式に道場として登録されていますので」

 

「はあ? なんやそれ」

 

「ですから、ここはブラジル・・」

 

「おい。ハップキドーいうたら、韓国のんとちゃうんかぁい? だいたい、日本固有の合気道をへーかまし盗むといて なにがハッポケドーじゃ あん? んで なんでブラジルやねん あん? まあそんなんどうでもええわい。お前らのやってることは合気道を人に教えて金を取っとるんやんけ。合気道の看板にせんかい」

 

<聞けよ・・話は最後まで・・怒>

 

「いえ。ですから、ここは合気道を教えているのではなく、ハップキドーをボラン・・」

 

「じゃかましわぃ。 能書きはええから、看板を変えるんか 変えへんのんか?

どっちやねん いうとんのんじゃい」

 

「変えません。ここは誰しもがfeeを要せず利用できる場です。あなた方の意図に沿うとは思えませんので」

 

<正直 超面倒くさい>

 

これ以上は付き合っても無駄な時間と立ち上がろうとした時、

 

今まで一言も口を出さなかった連中のうちの一人、どうやら連中の頭らしい男がソファーから腰を上げ、一歩二歩俺に近づきながらゆっくりと話し出す。

 

「ほうか。わかった。きょうは帰るわ。そやけど言うとくで、道場って言う所は、ようさんトラブルが起こるとこやで。 気つけや」

 

「はい。ありがとうございます。でもうちは大丈夫です。そのご心配には及びませんので。それに・・古いですよあなた方のその頭の中。もう少し上手に今を生きませんか?邪道とて王道 あなた方のそれは決して嫌いじゃありません。たとえば・・・・」

 

<少し、仕事の話でもしてみるかと考えてみたが・・聞かないわ・・>

 

「何を訳の分からん事いうとんのんじゃ。まあ気つけなはれやー」

 

と、パターンを変えようとしない連中は続々と立ち上がり出ていく。

 

道場の真ん中で座禅を組み瞑想?するカオルの横を、唾を吐きながら通り過ぎていく連中に目を見開いてにらみつけ、

 

「おう待てェ、どこに唾を吐いとんのじゃ」

 

と、またゴツイ声のカオルを止め、

 

「もう終わったよ。放っておけよ」

 

「終わったんか。2、3発しばいた殴るったんか?」

 

<おまえじゃねぇよ・・笑い>

 

「なにやら 筋 を通せって言ってるんだ・・と、まあ・・・・」

 

奥での話を簡単に説明しながら、笑ってしまった。

 

「変なやっちゃなぁー 何がおもろいねん面白い・・んで? どないするんや? ・・まあ ええわ。 ほな 任せたでー」

 

「はいはい。お任せくださいな」

 

大体のいつもの様な俺とヒン(カオル)のやり取りなのだ。

 

<さてと、問題(全く面倒でも無いが)は即、解決だよね>

 

あ・い・さ・つ に行ってみるか。

 

 

「問題には速攻で取り掛かれ」

 

「その問題を面倒と思うならそれはこっちの都合だ。

理解し合えるところで妥協すればいいだけよ。

相手が面倒ととらえる問題こそ、厄介な面倒なのよ。

相手の立ち位置も考えも判らない奴じゃ何が問題なのかすら判らない。

日常は大衆の中で生きて、夢の中では大衆の逆に張るのさ。

裏を知れば問題が見える。問題が解ればそれを解く手段が選べるってモン

いいか、大衆の中に居て大衆の逆に張るのさ。そうすりゃ すべてが視えるだろうよ」

 

 

乗り込んだ車を走らせながら聞こえてくる松田さんの教え。

 

「ふふっ」

 

<面倒はいつも俺・・・・苦笑い>

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